Interview社員インタビュー

覚悟を持って、人生と向き合い続ける。


中部副統括
木下 英人

退路を断って勝負する

個人会計事務所の勤務を経て、32歳のときにSBCグループに入社しました。前職では常時20社ほどのお客様を担当し、月に1〜2件のペースで決算申告の業務を行っていました。それが一気に数倍に増えることになりました。最初は、さすがに無理だろうと思いましたが、やってみると意外とできました。結局私は、勝手に自分の限界を決めていただけだったのです。

それから無我夢中で仕事に打ち込みました。大阪本社で管理職としての経験も積ませてもらった後、当時低迷していた名古屋支店への異動を命じられました。「なんとか立て直してくれ」と、代表の柴田から声をかけられ、心が奮い立ちました。単身赴任という選択肢もありましたが、大阪の自宅を売却し、妻と子ども2人を連れて名古屋へ。「失敗したら大阪に戻ればいい」という甘い考えは捨てようと思ったのです。退路を断って勝負し、絶対に成功させてやるんだ。私には強い決意がありました。

なんのために生きているのか

以前当社では、幹部候補生合宿で自分のルーツを探るワークを行っていました。ルーツを探りながら、自分はなんのために生きているのか(あるいは、生かされているのか)、ということを見つめ直すワークです。

当然のことながら、両親がいるからこそ、今の私は存在しています。そして、両親は(私から見た場合の)祖父母がいたからこそ、この世に生を受けたわけです。また、私は妻と出会って子どもを授かり、過去から脈々と受け継がれてきた命は、現在、さらに未来へとつながっていきます。

その当たり前の事実を知ってから、私は両親や祖父母のためにも精一杯生きなくてはいけない、と思うようになりました。また、すぐそばに妻や子どもたちがいてくれるから自分は生かされているのだ、とも考えるようになりました。一週間が始まる月曜日の朝に妻に感謝の気持ちを伝えることが日課となり、かれこれ4年間続けています。「継続することは何よりも大事な能力だ」。これも柴田の教えです。

最後は人と人とのぶつかり合い

私はこの会社で、仕事の仕方だけではなく、物事の考え方や生き方について、多くのことを学んできました。だから、これまで教わったことを、今度は自分が後輩たちに伝えなければならない。中部エリアの管理を行いながら、全社の教育リーダーとしての役割も果たしていきます。

名古屋支店に赴任してきたとき、最初に行ったのは当たり前の徹底でした。たとえば、挨拶をする。使わないときは電気を消す。かかってきた電話には遅くとも2コール以内に出る。そんな当たり前のことばかりです。しかし、仕事の成果というのは当たり前の土台の上に成り立つので、朝礼やミーティングの場で、しつこくそれを言い続ける必要がありました。指導が浸透していくうちに、支店の雰囲気はみるみる変わり、互いの信頼感や結束力は強固なものに。売上はわずか3年で倍増しました。

膨大な量の情報処理が可能なAIでも、人を教育することはできないでしょう。結局のところ、最後は人と人とのぶつかり合いです。私はこれからも、覚悟を持って自分の人生、そして人の人生と向き合い続けていきたいと思っています。